会社からの帰りの電車の中で、いつものようにTwitterのタイムラインをスクロールをしていたところ、こんな記事が流れてきました。
https://gendai.ismedia.jp/articles/-/63626
私は毎週、『わたし、定時で帰ります。』(TBS/火曜22:00~)を毎週楽しく見ているので、気になって読んでみました。
この記事を読んではじめに思ったのは、
「就職氷河期世代、過酷な働き方だ・・・」ということ。
私は就職氷河期世代について、
「就職先が全然決まらず、非正規で働いている人が多い世代で、
就職できたとしても、過酷な働き方を強いられた世代」
という印象を持っていました。
この記事に描写される筆者(『わたし、定時で帰ります。』の原作者)の働き方は、印象の通りでした。
かなりえぐい・・・つらい・・・
そう思ってしまうのは、私がいわゆる「ゆとり」だからでしょうか。
過酷だな、という感想のあとに続いたのは、もやもやとした思いでした。
「もっとみんなゆったり働こうよ~」というのが私の基本スタンスで、なおかつ、実際に自分自身が毎日ほぼ定時で帰っているのですが、
*単に締め切りが緩い仕事が多く、翌日に持ち越しても問題ないことが多いので、早く帰れるのです。残念ながら、能力が高いから帰れているのではない。
一方で、心の裏側では「自分は能力が低いのだから、長時間労働でもなんでもして他人に追いつかなくてはいけないのでは?」「もっと頑張らなくてはいけないのでは?」と思っている自分もいて、そのアンビバレントな感情にもやもやしてしまうのです。
実は、私は「バリキャリ」に憧れていて、できるなら「バリキャリ」と呼ばれるような働き方をしたかった。
でも、実際は気力体力能力が著しく低く、また仕事(特に、ほかの人とのコミュニケーションを要する仕事=ほとんどの仕事)に対して苦手意識がめちゃめちゃ強いので、バリキャリにはなれなかったのですが、バリキャリへの憧れがあるからこそ、そこに到達できない自分に嫌悪感を覚えてしまうのです。
バリキャリにはなれないのだがら、今働き方に満足して、自分にOKを出すのが一番いいのだと思います。もしくはもう少し頑張ってみて、自分の持つ気力体力能力と、頑張りのバランスがとれるところを探すのもいいかもしれません。
結局、私が今持っているもやもやを解決するには、自分自身が納得できる働き方を見つけなければいけないのかなと思いました。